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餅は餅屋

自身のWebサイトにも明記しているので周知のことかと思いますが
僕の本職はグラフィックデザイナーです。
コンピュータを用いて 印刷出版物の原稿作成や
編集、デザイン、レイアウトなどの作業を行うDTPはもちろん
Webサイト作成や運営管理、また イラストを描いたりもします。
今日に限って言えば、午前中は定期発行物のDTP作業を行い、
昼一に キャラクターとロゴマークのプレゼンに某所へ出向いての打ち合わせ。
帰ってきてからは 2つの店舗のWebサイトの更新作業をしながら
その合間に各方面にメールの返事や月末の予定調整を行いつつ電話連絡などなど。
ほとんど毎日 このような業務内容ですが
「どんな仕事をしているのか よくわからない」と言った声を耳にすることがあります。
マルチで何でもやっているという印象が強すぎて
逆に、特化したものが 見当たらないと言えば そうなのかもしれません。
しかも 最近は、太ったカラダでも動きやすいからと
運送屋の作業上着で出かけることが多いので
一見 デザイナーらしくないのも当然と言えば当然かも…。
ユニフォームは その職業のイメージを伝える大切なツールであるので
僕のような職業のものが運送屋のユニフォームを着ているのはおかしいのかな?

そんな どうでもいいような前置きは さておき…

大阪のデザインオフィスを潰したあと 上海、博多、信州と彷徨い
三田の山間にある運送会社に就職したのが 2000年の12月。
2005年の12月まで丸5年間、そこでトラックの運転手をやっておりました。
当時、運送会社の社長は 僕より一回り以上年下の二十歳そこそこの若者。
僕が入社する数年前の1997年、社長は高校を卒業後 すぐに この運送会社を設立。
当初は実業家の父親の協力があったとはいえ、三十人を超える運転手を雇用、
一般貨物運送業を主軸とし、近畿一円から四国・中国・九州・中部・関東まで
幅広いエリアでの運搬物を取り扱い、その後もたびたびの苦難をも乗り越えた16年。
その運送業一筋の一代目社長の運送会社は 今ももちろん健在です。
山奥に社員寮を構えているので、何らかの事情で職や住を失った人々など
いろんな経歴の持ち主が流れ着いて来るのもこの会社の特徴でした。
そういった人材を上手く使いつつ 要所適所に人員を配置し
異業種からの情報を多く収集したりも出来ていたと言えます。
僕も その例外に漏れることなく、社員寮のあるこの会社は魅力でした。
ただ、入社した時に誓ったことがあります。
それは「真のプロのトラックドライバーになる」ということ。
その思いもあってか 入社半年後には北海道へトラック輸送するなど
様々な運送業務を経験し、運転手の傍ら事務や配車係も兼任するに至りました。
既にトラックをおりてから八年になる現在でも
イレギュラーが発生した時などは トラックの運転こそしないものの
事務の応援に出向いたり Webサイトの運営管理業務を任されています。
運送との関わりについて 自分を知る人には話していますが
この経験があったからこそ 今があると言っても過言ではありません。
僕は50歳。若社長も 早いもので37歳。より我々の絆は強くなっているような…
これからも さらに モノを運ぶ専門の運送屋として
永久に存在し続けることを願っています。
pasuteru.jpg

そして身内で 一つの仕事を ずっと専門で続けていると人物といえば
高知で魚屋をやっている叔父がいます。
父の弟で 中学を卒業してからずっと今も同じ店で魚をさばいています。
小さい頃、その叔父と同居している時期があったのですが
夜9時前には寝て 朝も3時過ぎには市場へ出かける叔父を変に思ったりして
叔父のような仕事なんて 絶対にしたくないと思ったりもして 多少反発していました。
でも、叔父には趣味があって、それが なんと風景画の油絵。
惹き込まれるような すごい絵を何枚も描いていました。
そして、いくつも賞をとっていました。
絵が好きになって この道を志すきっかけになったのは 実は叔父の影響だったのです。
たしか中学生の頃、叔父に なぜ画家を志さなかったのか訪ねたことがあります。
「画家になるがらは よっぽどの才能が無いとなれんき。
 それに 早う稼ぐには ちゃんとした仕事がえい。
 おんちゃんには魚屋が似おうちゅう。」
そう笑いながら答えが返ってきたので、
なんか 微妙に腹立たしい気持ちになって ますます叔父には反発したりもしました。
でも 叔父は高知で店のCMにも出演して
親戚や知人には「高知の顔」とか言われ持て囃され
土佐料理の仕出料理人として この道で人気者です。

「餅は餅屋」
何事においても、それぞれの専門家にまかせるのが一番良いということのたとえ。
また、上手とは言え素人では専門家にかなわないということのたとえ。


専門という点では 少々広がりすぎたかにも思えるような自分の業務内容ではあるものの
でも、所詮「餅は餅屋」。この先それを明確にしていこうと思います。




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Tag:デザイン 専門学校 鉛筆 デッサン クラスメイト スケッチ 思い出 油絵

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