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第一章 胎動編(005)

カフチのスター

集会所大広間の壁時計は午前10時を指していた。
確実にカフチシティにタイフーンの進路は向けられているというのに
集会所に避難して来ている人の数は おかしな程 少ない。

そんな様子を気にかけてか、サテイエは話の途中ではあったが
立ち上がって玄関に向かった。
マリュウも その後をついて 外の様子を伺う。

「おばあちゃん、さっきよりも だいぶ風が強くなってきたよ」

雨の激しさに加え、タイフーン本来の強風が勢いを増してきたようだ。

「まったく、…皆 そんなに頑丈な家に住んでるわけでもないのにね。
 これぐらいのタイフーンなら大丈夫だと思っているのかね。」
「洪水は怖くないのかな?」
「堤防は去年の高さのままだから、間違いなく今年も 膝ぐらいまでは水に浸かるさ。
 なのに、なんで 皆 早く来ないんだろね。もう気が気でないよ!」

周辺住民のことを まるで我が家族同然のように気遣うサテイエ。
そんな時、玄関の扉が開いて 一組の家族が雨を振り払いながら入ってきた。

「ひやぁ、すごい雨と風だ。」
「やっぱり 避難しに来て正解だね!」
「早く中に入って あったかいもんでも頂こうよ。」

マリュウはサテイエの表情が次第に柔らかくなっていくのを見て嬉しく思った。
そして、また一家族、一家族と集会所にやってくる。
その中の一人の中年女性が サテイエを見つけて声をかける。

「あぁ サテイエ、すまないねぇ。」
「…え?」
「あんたとこのセエイさ。」
「セエイが なにか?」
「この雨の中、セエイが 一軒一軒を廻ってさ。避難するようにって声をかけてくれて。」

女性の夫もサテイエに近寄り話しかける。

「そうそう、わしら 市長の避難勧告は早朝から聞いて知ってたけど
 なんか、あのサモリの言うことだけは どうも信じられなくてね。」
「市長のサモリの言うことなんてきかないのに、
 セエイに言われたら 何故か そうしなくっちゃって 皆 思っちまうんだよ。」

次から次に 集会所へと避難しにやって来た人々が 口を揃えて言う。

「そういや、亡くなったマスリも 人を惹きつける魅力があったな。」
「うんうん。マリュウのお父ちゃんのツエルもそうじゃないか。」
「不思議なもんだね。さすが兄弟だね。」
「サテイエ、あんたの家族は あんたを筆頭に 最高だよ。」

そんな人々の言葉に

「皆、何を言ってるんだい! この嵐だよ。何が起きるか判らないよ!
 去年以上の被害を受けたら どうなるんだい?
 ちゃんと始めから 市長の言うことをきかなきゃ駄目じゃないかっ!!」

サテイエは声を大にして笑顔で叱りつけた。
それに対して 口々に笑顔で答える。

「わかりました!ちゃんと言うことをききます。」
「ごめんね!」
「そんなに 怒らないでね~」
「サテイエ様、ありがとう!」
「皆、サテイエに怒られちまったな。」
「こいつは いいや!」
「ははははは。」

外の嵐を吹き飛ばすかのように 集会所内には笑い声があふれた。

「皆 バカだよ… こんなに こんなに、心配させやがって…!」

サテイエが皆を気遣うと同じく、それぞれがサテイエを慕っている。
そんな祖母に育てられたマリュウは、心底 サテイエのことを尊敬していた。


「あっ、セエイだ!」

それから暫くの時が経って セエイが 集会所にやって来た。

「よっ、大将!ご苦労さん!!」
「ずぶ濡れじゃないか。風邪ひくから早く早く!」
「ほれ、タオル タオル!」
「着替えは あるんか!?」
「おいらのパンツ 貸そうか?」

大勢でセエイを出迎える。まるでVIP待遇だ。

「お帰り。…今日は よく やってくれたね。皆 お前に感謝しているよ。」

サテイエが笑顔でセエイを迎えた。

「母さん… なんとなく 今日は 気分がいいんだ。」
「そうかい、こんな嵐なのに? 変だね。」

そんな親子の会話を傍で耳にした男性が にやけながら言った。

「おや? セエイ、ひょっとしたら彼女でも出来たのかい?」

その問いに 思わずセエイは 一瞬 固まってしまった。
事実、魚河岸のエガラヒの娘マアエのことが 頭から離れなくなってしまっていたのである。

「ひょっとして図星…?」
「マジかよ??」
「へぇー!!」

大勢の人に取り囲まれたセエイは まさしくスターのようだった。
マリュウは そんなセエイを羨ましく見つめていた。


人々の笑顔で満ちあふれた集会所。
しかし、この後 接近するタイフーンが
カフチシティに未曾有の大惨事をもたらすことを
ここにいる誰一人として 予想していなかった。
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