デジタル供養のデザイン座談会

昨今、老若男女を問わず携帯電話・タブレット・パソコン等のデジタル機器の利用者は増えてきています。通信・インターネットサービスは次々と提供され、個人情報保護等に関する規定や対策は官民問わず行われています。しかし、デジタル機器の所有者がお亡くなりになったり、判断力が低下したり、判断能力が無くなった場合における対策が全くなされていないと言っても過言ではないでしょう。
これらの問題に取り組む(一社) 宗務ネットワーク佑想庵主催の【関西デジタル遺品シンポジウム「デジタル遺品の行方」~デジタル遺品の整理と供養~】が今秋開催されます。

つながりをデザインしていく ふれんどらいんでは、【関西デジタル遺品シンポジウム】へ向けての緊急企画第一弾としまして、(一社)宗務ネットワーク佑想庵 中山 戒仁 代表理事を囲んでの飲食付き座談会を、明石駅から南へ徒歩5分の「36.5℃」さんでおこないます。
新しい供養のカタチについて「デザイン」の観点からもお話できればと思います。皆様 是非ご参加いただきますよう よろしくお願いいたします。


詳細・お申し込み・お問い合わせは ↓こちらから
デジタル供養のデザイン of ふれんどらいん

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Tag:明石市 兵庫県 座談会 供養 デジタル 遺品 僧侶 お坊さん デザイン

開業記念日の備忘録

本日 2017年5月7日、江井島広告制作は開業5周年を迎えました。

これもひとえに 皆様からの温かい御厚情の賜物と 心より感謝申し上げます。

実は、4月26日の明石市立産業交流センターでの最後の異業種交流会の頃から
ひどい足痛に見舞わられて、病院での診察結果でヘルニアと診断されました。

日頃のデスクワークから腰に負担がかかり 足の神経を刺激しているようです。

満足に歩けないどころか、立つだけでも我慢できない状態で
また、夜の寝ている姿勢でも足に激痛が起こり、眠れない日々を過ごしました。

ただ、車の運転だけは 負担のかからない楽な体勢を保てて楽だったので
車のシートは構造的にすごいものだなと感心したりもしました。

そんなこんなで 今年のゴールデンウイークは 体を休ませる期間となりました。
痛みには 日によって波があります。昼間は大丈夫でも夜は最悪だったりとか。

昨夜は、ある歴史ある異業種交流会に参加する予定でしたが
足痛で一睡もしていない状態で しかも昼間も痛みが続いていたので
参加を急遽 キャンセルとさせていただきました。

前回失敗のリベンジという思いもあって(詳しくは こちら 人と - 豚肉キャベツ
今度は失敗のないようにきちんと原稿まで書いて しっかり練習し
準備万端で参加を楽しみにしてましたが… 本当に残念です。

今日は痛みはあまりなく かなり落ち着いています。
ゴールデンウイーク明けの明日からは予定ぎっしりで
明朝は新神戸の坂を歩くというミッション(?)を遂行せねばなりません。

昨夜の「歴史ある異業種交流会」にて お話しするために作った原稿の全文を
ここにアップしておきます。


明石市大久保町江井ヶ島にてデザイン事務所を営んでおります倉橋と申します。
昨年9月3日に こちらの例会にて「Webサービスを どう使いわけるか」という演題にてお話しさせていただく身であったにもかかわらず、調子に乗って開会前からビールをたくさんいただきまして、あろうことか本番の頃にはすでに出来上がってしまっていました。皆様を前にしまして 頭の中が真っ白になりまして、1分も喋られないうちに 前代未聞の中断ということになり ご迷惑をおかけいたしました。大変申し訳ございませんでした。本日は大丈夫かと思います。

実は私 ホームページ制作や各種印刷物を作成するデザイナーでありますが、大久保の産業交流センターにおきまして 2012年の10月より異業種交流会を開催してまいりました。こちらが その交流会イベント等を主催しております「ふれんどらいん」のパンフレットでございます。

私、30代の頃に大阪でデザイン会社を経営しておりましたが、1999年につぶしました。それから、中国上海で中国人にデザインを教えるという機会に恵まれましたが、中国人に舐められる性格であったため 1ヶ月で帰国、その後 福岡で新聞販売店員、長野でホテルマンと居住を転々とした後、兵庫に戻り三田の運送会社におきまして5年間トラックの運転手をやっておりました。

今から10年ほど前にデザイン業界に復帰し、2012年5月7日に江井ヶ島の地で「江井島広告制作」とういうベタな屋号で新たにデザイン事務所をはじめました。

当初はホームページと、流行りはじめていたフェイスブックなどのSNSで宣伝したら なんとか仕事が来るかなと思い込んでいましたが、サッパリでした。実際に2012年の営業収入は50万もなく 当時高校生だった子供のバイト代よりも収入が少なく 家の中では肩身の狭い思いをしていました。

その年の夏に 某食品メーカーの営業をやっております妻に 神戸で開催している異業種交流会に連れていかれました。その交流会が 名刺交換会というシンプルな形での会でしたので、これなら 自分でも明石でもできると思い立ち、新たにWebサイトやチラシを作成し募集を開始ました。9月15日にWebサイトを開設募集開始、10月10日に交流会開催。平日の大久保に約20名集まっていただき、十分 会としては成り立ちました。その結果、現在まで54回の異業種交流会を開催、その他 講演会やセミナーなど多数のイベントを主催開催して来ました。次第にビジネスのつながりも広がり、収入もそこそこ増え、現在 家の中では まあまあ普通の親父として存在しております。

お渡ししましたパンフレットは、こちらのチラシの内容を そっくりそのままA4三つ折りのパンフとして最近新たに作ったもので 多くの人から「ふれんどらいん」の活動や実績がよくわかるとご好評いただいております。


昨年9月の例会にて ちゃんと講演できなかったことは 本当に悔いが残るものであり、大いに反省しておりました。

そんな矢先、取引先の印刷会社さん主催の「本つくり教室」というのに参加する機会がありまして、生徒と先生の六人で書いた この「はりまなだぶんがく」という本が昨年末に発行されました。この中身はメルヘン小説だったり、キリマンジャロに登頂して そこでギターを弾くという思いを綴ったものがあったり、健康食について書かれたものもあったりと 皆さん様々なことを書かれています。私は自分史を書きました。今日は この「はりまなだぶんがく」の中から 私の自分史のところだけを小冊子にしたものを皆様に差し上げます。

30ページに満たない短い自分史ではありますが、
昨年9月の例会におきまして 私が皆さんにお伝えすることができなかったことをはじめ、私がデザイナーになったきっかけや、異業種交流会を続けることができた理由や この明石の地で落ち着きデザイン業を営む思いなどを これを読んでいただくと初めておわかりいただけるかと思います。

明日 5月7日でデザイン事務所を開業し ちょうど5年となります。このタイミングで この場で お話しさせていただけることに感謝の気持ちでいっぱいです。

もちろんホームページもですけれど、このようなパンフレットや本などの印刷物は「思いをカタチにできる」最高のツールです。

私からは以上です。皆様 本日はありがとうございました。



この 謝罪を交えた ある意味 言い訳とも取れるような語り出しで
10分程度で話すことを予定していました。

地域でも名の通った会社の権威ある社長様方を前にして
自分が語る時期でなかったのか、この結果が運命であったのかは わかりません。
とにかく、今の気持ちを忘れることなく 新たな気持ちでスタートを切りたいと思います。

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Tag:明石市 ブログ 兵庫県 交流会 異業種 豚肉キャベツ

「おいしい牡蠣を おもいっきり いっぱい 食べたい」
その夢が ついに叶いました。


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時に2017年3月18日 土曜日
西播磨応援ブロガー事務局さんからのご招待で またまた夫婦揃って参加しました。
今年は 「あいおい応援ブロガーツアー」。一日中「兵庫県相生市」を満喫しました。

2013年11月の姫路城の大天守修理見学が忘れられない「西播磨応援ブロガーツアー」から数えて
実に今回で4度目の参加となります。

最寄りの江井ヶ島駅より山陽電車に乗って30分ほどで到着する山陽姫路駅から、
集合場所であるJR姫路駅南口のバス乗り場に来てみれば、
毎回参加されている方々と すぐにお会いできました。

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三連休の初日のこの日 、神姫バスさんの観光バスはJR新大阪駅前からJR新神戸駅前と、
それぞれの集合発着場所を経て事故や渋滞の影響で定刻をやや遅れて姫路に到着したのですが、
車内では大阪や神戸から乗車されていた顔馴染みのブロガーさんたちとも再会することができて、
楽しい予感でいっぱいの「あいおい応援ブロガーツアー」の始まりとなりました。

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相生市内に入り 一番目の目的地は瀬戸内海が180度展望できる絶景スポットの「万葉の岬」。
そこで開催されていた「つばきまつり」で椿の苗木をいただいたり、甘酒などを楽しんだ後、
この万葉の岬のある金ヶ崎から鰯浜港、そして相生市街地を経て、
相生湾をぐるっとひとまわりするような感じで 対岸の西の突崎にある壺根港へと向かいます。

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ヘアピンカーブを曲がり乗用車でもすれ違うには厳しいトンネルをくぐり、
「バスの運転手さんはすごいな」と感心しているうちに待望の昼食場所に到着です。

「牡蠣小屋大豊にて焼き牡蠣食べ放題」

今回の僕自身の最大の興味はといえば、やはり 焼き牡蠣の食べ放題だったので、
大いにテンション上がりまくりです。

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バーベキュースタイル。
軍手をはじめ、殻をはずす道具などは ちゃんと用意してくださります。
オリーブソースとかタバスコとか持ってくるつもりだったのですが、家に忘れました。
でも、しょう油とか レモン果汁とかの調味料は お店にあるので大丈夫です。

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各テーブルにカゴいっぱいのカキがやってきて いよいよ準備OK。
ついに 夢が叶います。

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最高\(^o^)/♪

殻いっぱいに身が入って、白くプリプリで美味しいカキ。

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通常のカキは、食べごろになるまで2〜3年かかりますが
養分が豊富な相生湾で育つ「相生牡蠣」は 一年で大きく育つそうです。
しかも、栄養をたっぷり食べて育っているということで、
加熱しても身が大きいままで、縮みにくいとのことです。


美味しく食べ終わった皆さんが バスに戻っていくのを背に
焼くのを手伝ってもらいながら 食べ放題の制限時間ギリギリまで頑張る人がいました。

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掲載許可を得てはいますが 僕の方が恥ずかしいので 顔にはボカシを入れておきます(笑)。

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大豊さんで お腹いっぱいになった後、こちらを運営する株式会社 竹内水産さんの
牡蠣の産地直売所を見学させていただきました。
牡蠣に囲まれて お腹いっぱいになって 願いも叶って ごちそうさまでした。

一年中牡蠣が食べられる漁師直営店! - 相生牡蠣 食べ放題|焼がき 大豊

牡蠣 生牡蠣 販売 カキの通販【竹内水産】



《今回の訪問地の情報や感想など》

◆万葉の岬(つばきまつり)
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なんといっても、相生みなとの女王さま の笑顔が とっても良かったですね。

つばきまつりの会場では 相生市を中心に西播磨地方の情報を発信している
インターネットラジオ局「相生らじお」さんのブースがあって
中継のDJの方の音声が スピーカーを通して会場内に響き渡っていました。
放送を聴く人たちと会場内との一体感が生まれてくるようで、とてもいいと思います。

相生らじお♪ 西播磨の話題を音声動画でお伝えしています

ホテル万葉岬 | 相生市の高台の岬から瀬戸内海の絶景がパノラマで望める 懐石料理が自慢のホテルです

ときめき☆楽記♪,相生市☆万葉の岬つばきまつり に行ってきました♪


◆あいおい白龍城
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天然温泉もある道の駅として馴染み深く これまで何度も訪れたことがあります。
やはり「カキ佃煮」「かき巻き」「かきおこ」などのグルメが目を引きます。
行列の出来ているお店もありました。
僕は久しぶりに ど根性大根の大ちゃんになってみました(笑)。

道の駅あいおい白龍城(ペーロンジョウ)


◆ミナト水産
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こちらも カキや いかなごの佃煮などが好評のようです。
赤穂や家島などの特産物も豊富に揃っています。
ちなみに 僕が居住している明石市内のスーパーでも
ミナト水産さんの「うまいか」などの商品が売られており有名です。

湊水産株式会社


◆羅漢の里
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相生市で一番高い三濃山(標高508.6メートル)の登山口に位置する羅漢の里。
播磨地方の代表的な中世山城の遺構「感状山城跡」への登山口も ここにあります。
羅漢石仏や刀鍛冶の作業工程を見学できる鍛刀場、そしてキャンプ場など
自然と歴史と文化に包まれた魅力的なスポットでした。

自然と触れ合う、体験する - 相生市立羅漢の里 RAKANSAN.com

Kikyo Hayamitsu Japanese Sword Factory - 桔梗隼光鍛刀場 !


相生市といえば、JR相生駅は山陽新幹線の駅であり、山陽自動車道の竜野西インターも近くて、
関西と中国地方を結ぶ東西交通網の要のようなイメージがありますが、
このたび相生市のことを調べるのに 地図を眺めてみた結果、
東西よりも 南北に長い地形だということを あらためて知ることができました。

同時に この一日、海と山に恵まれた相生市の見どころスポットを訪れて、その魅力にはまりました。
また近いうちに来ます。来年の今頃は 牡蠣を食べに絶対に来ます。
このたびは ありがとうございました。

相生市観光協会公式サイト - あいおいイン!

相生市ホームページ


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Tag:ブログ 豚肉キャベツ ブロガー 相生 西播磨 バスツアー モニター 応援

緊急企画

4月で利用できなくなる明石市立産業交流センター。

ふれんどらいんの異業種交流会も
4月26日をもちまして 明石市内での開催は最後になります。

寂しくはなりますが… しかし、ありがたくも このタイミングで
セミナーを明石市立産業交流センターでされたいというご相談があり
全力で 協力・支援させていただくことになりました。

「iPad 経営術」セミナー

「iPad 経営術」セミナー

すでに、ふれんどらいんのサイトに受講申し込みページを設けております。
皆さん 是非 ご参加ください。

「iPad 経営術」セミナー of ふれんどらいん


閉館まで 2ヶ月を切りましたが
これを皮切りに 明石市立 産業交流センターにおきまして
このような緊急企画イベントを続けていければと思っています。

「ありがとう明石市立産業交流センター
 ふれんどらいんスペシャル緊急企画」


ご興味があれば ふれんどらいんまで お気軽にお問い合わせください。
よろしくお願いいたします。


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Tag:明石市 兵庫県 交流会 iPad 経営 起業 コンサルティング アプリ ホームページ 制作

美と感動の飛騨にて

小学校卒業と同時に岐阜県吉城郡古川町(現=飛騨市)の伯母宅にひきとられたという話を
昨年末に創刊した「はりまなだぶんがく」に書きました。
あの自分史を書いたことが きっかけで いろいろなことを思い出したので
飛騨古川の中学入学当時のことやら 思い出話を書いてみようと思います。


白壁の土蔵作りの美しい町並。
町を流れる宮川の岸から、
穂高・槍・乗鞍などの勇壮な北アルプスを見晴らす叙情あふれる風景。
飛騨といえば高山が有名ですが、古川も飛騨を代表する素晴しい町であります。

入学したのは古川中学校。
「髪切って来いナ」…案の定、先生からの言葉。
当時の飛騨地方の中学校は、男子は全員丸刈が校則でした。

野球部に入部希望だった僕は「野球するなら どっちにしろ丸坊主、別にしかたないか…」
僕は丸刈にすると、交通事故の怪我の跡の10円ハゲが完全にわかってしまいます。
多少の抵抗はあったものの、
翌日からご自慢の(?)長髪をバサッと切り にこやかに登校しました。

結局、同級生達に10円ハゲがばれてしまいました。
そのことで馬鹿にされたり、いじめられたりはしまいかと心配でしたが、
しかし彼らは それが事故で出来た傷だと知るなり、
今 僕が元気でいることをまるで自分のことのように喜んでくれたのでした。

そんな同級生たちの、
飛騨の透き通ったきれいな空気みたいに澄んだ瞳を今でも忘れることはありません。

しかし、冬のスキー授業での彼らは鬼でした。
本格的にスキーを滑るのが初めてであった僕を 徹底的にしごいたのです。
直滑降がやっとで スキー板を履いてリフトに乗るのも怖い僕が
他の生徒たちと同じように出来るわけがありません。

しごきは更にエスカレートして
今度は雪の窪みを台にしてジャンプしてみろと要求してきました。
他のやつら全員が出来るのに 僕だけが出来ないのもしゃくだったので
勇気を出して飛んでみることに。

なんと、生まれながらの天才(自称)の僕は
一か八か なんとか良いカタチで飛べました。(記憶が曖昧)
が…しかし、その後も 容赦なしの猛特訓は続いたのでした。(こいつら悪魔や~)

野球だったら 逆に思う存分 暴れてやると心に秘めていましたが、
実際 飛騨の冬は長かったのです。
雪は なかなか融けることなくグランドは使えません。
そして春先まで、基礎体力をつけるため ずっとスキー練習がメインの野球部。
雪国の悪夢は まだまだ続くのでした。

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南国高知から転校してきた僕にとって、そんな雪国の冬の忘れられない思い出があります。

飛騨の初冬。その日は野球部の練習も早く終わり、
帰りに同級生の洞口君の家へ遊びに行きました。
いわゆる道草です。

もう中学生だというのに プロレスごっことかして楽しく遊んでいたら
時間の過ぎるのは あっという間でした。
そろそろ帰るかな…。

洞口君のお母さんに「雪降るかも知れんね…気をつけてお帰りナ…」と
優しい言葉で見送られました。
でも、空は雪など降る様子もないほど晴れています。
「天気予報で言ってたのかな?」

帰りが遅くなったので近道をしていこうと考え、
宮川の対岸の山沿いにある養鶏場を抜けて帰れば近いと思った僕は、
通常の帰り道ではない橋向かいの養鶏場方面へスタコラ歩いて行きました。

緩やかな山道を抜けると養鶏場の裏口があるのですが、
そこは通常門ではないためか裏口の門は施錠されて閉まっていました。
その門の横は有刺鉄線が張りめぐらされ 行く手をさえぎっています。

いつの間にか、どんよりと曇った空になってきました。
さっきまでの青空はどこにいってしまったのでしょう。
そして日没の時間になったのか、あたりはだんだん薄暗くなっていました。

その時、手の甲に冷たいものが…
「雪だ…!!」。
それも高知ではけっして見たことのない大粒の雪です。

雪は やむ様子など一向になく、次第に激しさを増してきました。
黒い学生服も白衣に早変わり。辺りは、いつのまにか銀世界。

一瞬にして降り積もった雪のせいで道は消えていました。
どこへ引き返せばよいのか まったくわかりませんでした。
当然、足跡もありません。それでも雪は追い打ちをかけるように、どんどん降り続けます。

僕は、町からすぐそこの場所で遭難しかけているのです。
寒い!…もう震えが止まりません。ここで凍死するかも知れない!
この世に生を受け、こんな不安な気持ちになったことはありません。パニックでした。

「とりあえず引き返さないと…」
一歩足を踏み外せば斜面から下へ転げ落ちそうな場所を、慎重に恐る恐る歩きました。
歩いたというよりも 四つん這いになって
ただ地面の有る無しを確かめるように進んでいきました。

それから どれぐらいの時間が経ったのでしょうか、
真っ暗闇の中、もうダメかと思った時、ふと顔を上げたら おぼろげに光が射しました。
それは宮川の橋のたもとにある細い電柱の小さな光でした。

奇跡です。助かったのです。ここまで来たら帰ることができます。

思い返せば、洞口君のお母さんの「雪降るかも知れんね…気をつけてお帰りナ…」の言葉は、
雪国で生まれ育ったその土地の人でなければ出ることのない言葉だったのではと思います。
僕が遭難しかけていたなどとは、きっと夢にも思ってなかったことでしょう。
実際、橋のたもとから養鶏場までの距離はわずか100mしかなかったのですから…。


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Tag:自分史 飛騨 古川 野球部